ながい · 2022/01/17
妹の誕生日に兄は泣いた。
誕生日というのは、年齢が若ければ若いほど、つまり子どもであればあるほどその意味合いは強く大きいものになる。それは、普段買ってもらえないものを買ってもらえるということもあるだろう。しかし、それ以上に誕生日という日が特別な一日であることが、言葉にはならない感情として子どもたちは持っている。その強さに個人差はあるが、とくに我が息子はそれが強いように感じる。 いつだって、どんなときだって息子を優先しない日はないというのに、本人は足りないという。息子の心は穴のあいた50メートルプールだ。決して満たされるということはないし、一度ホースで愛情を注ぎ込むのを止めればあっという間にプールは空になってしまう。だからぼくらは消防車の高圧ポンプで愛情を放水し続けている。ところが、一年に一度だけ放水が止まってしまう日がある。放水停止。それが、妹の誕生日である。 親にとって兄弟の優劣はないが、圧倒的優位を望む兄にとって平等は不公平と同義であるとは以前書いた。普段ですらそうなのである。妹の誕生日で妹優位。妹特別扱い。妹ぷりりんぷりりん。そんな一日が心穏やかでいられるはずがない。 そしてクライマックスはバースデーケーキの時間にやってきた。ろうそくの火を吹き消して、おめでとうを言う。ぼくは娘にカメラを向けてシャッターを切りまくる。娘は満面の笑みでケーキを頬張る。家族団らん。まるで絵に描いたような幸せの風景を突然嗚咽が破った。 見れば息子が顔を歪めて泣いている。涙を流して泣いている。みんな妹ばっかり。おれはいらないって言うんだね。おれが死んでもいいっていうんだね。おーいおいおい。おーいおいおい。 そこでそんなことないよ、お父さんはキミも大好きだよと言えるほどこちらも人間ができていない。今日は妹の誕生日だろ、お前が泣いてぶち壊すんじゃない!とブチギレ。 実はアニキが妹の誕生日で泣くのは今回が初めてではない。去年も泣いた。もっと言えば妹が生まれたその日に大泣きした。息子にとって妹の誕生はパラダイスの終焉であった。サンクチュアリの侵害であった。キングダムの凋落であった。だから妹の誕生日になると思い出すのである。あの失われた楽園を。永遠に戻らない一人っ子の日々を。だから彼は泣くのである。どんなに手を伸ばしても届かぬ彼岸と決別する日まで、彼は泣くのである。
ながい · 2022/01/12
小さい子がいると膝に穴があく
小さい子いる家あるあるだろうか。 膝がやたらに擦り切れるのである。ぼくは極端に洋服が少ないこともあるが、 ついに頑丈なジーンズの膝に穴が空きそうだ。 子どもたちが小さいとなにかと地面や床に膝をつくのである。 汚れるのが嫌な人はしゃがむのかもしれないが、ぼくはうんこ座りが苦手で...
たちばな · 2021/12/20
橘です。 今回も朝会ならぬ『夜会@オンライン』開催。 4名が参加。 夜な夜なパパたちが集まり、談義。 話題はもちろん、永井さんの移住の話。 紆余曲折の移住話は、こちらからご覧になれます。 https://note.com/chiisanashima/ そして、近況報告はもちろんコロナの話。 なかなか目新しい話題がないですが、 亀戸界隈に住む住人たちの注目は、 4月にできる『KAMEIDO CLOCK』。...
ながい · 2021/12/17
クリスマスプレゼント
今までクリスマスプレゼントというものは上げてこなかった。理由は我が家に煙突がないからである。僕自身もらったことがなかったので、上げないことになんの抵抗もなかった。 ぼくは子供の頃、クリスマスプレゼントがもらえないことが逆にサンタクロースの存在を 確かなものにしていた。クリスマスイブの夜、ぼくは布団に横になって天窓を凝視していた。...
ながい · 2021/11/22
小学1年生の息子に、算数の基本的な計算の仕方を教えるということは、大学生に微分方程式を教えることよりも格段に難しい。 最近息子に「1+199=?」という問題を出し続けている。 すると彼は「191?」と言う。 さて、こう答えるひとに一体ぼくはどうして計算方法を教えたらよいのだろうか? 「それじゃあ」とぼくは新しい問題を出した。...
ながい · 2021/11/17
とうすけさん 笛をふいて!
「とうすけさん 笛をふいて!」 香山彬子 講談社 1979 チョウゲンボウとパンフルートが主役の児童文学は珍しい。そしてこの物語はとても物悲しい。 チョウゲンボウとは猛禽類の一種で鳩くらいの小型の隼の仲間である。その見た目はまさに小さな隼であるが、隼のように空中で捕食するようなことはなく、地上の獲物を捕らえて生きている。...
ながい · 2021/10/22
たべものの本
たべものにまつわる本 最近立て続けに食べものにまつわる本を二冊読んだ。 ひとつは、「たべもの噺」鈴木晋一著 平凡社 1986年で、 片方は「食道楽」村井弦斎著 新人物往来社 1976年である。...
ながい · 2021/10/18
お風呂上がりのクレヨン
風呂上がりはきれいにしていたいと思うのは大人の感覚というか、ある程度社会的通念や衛生の概念が出来上がった証拠ではないかと思う。...
ながい · 2021/10/14
秋の大癇癪祭
秋の大癇癪祭 その昔広末涼子が「マジで恋する5秒前」という歌を歌っていたが、こちらはマジでブチ切れ5秒前である。 以前にも三歳児である娘のわがままに辟易したことを書いたが、その傍若無人ぶりは収まるどころか指数関数的に増大している。...
ながい · 2021/09/06
三歳児のラストスパートと育児放棄宣言
極まっておる。確実に極まっておる。 なにが極まっているのかと言えば、三歳半を過ぎた我が娘のイヤイヤである。...

さらに表示する