これは画本と呼ばれるものです。なぜ画本と呼ばれるかというと、本に画本と書いてあるからです。宮沢賢治の作品はもともと絵などついておりませんから、あとから絵を付け足して子どもでも読めるようにした本なのです。
宮沢賢治はそれほど多くの著作を残したわけではありませんが、著作のすべてが名作或いはそれに類するものという類まれな才能の持ち主でした。みなさんもひとつやふたつ好きなお話があることでしょう。
やまなしは山に生る野生の梨のことで漢字で書けば山梨ですが、そうすると山梨県と紛らわしいです。また「やま」なしと最初にアクセントをおくとますます山梨県に聞こえてしまいますから「やまなし」と平板に読むのがよさそうです。
タイトルこそやまなしですが、主人公は谷川の底に住む親子のカニです。お母さんはいなくてお父さんと兄弟で暮らしています。すきとおった水の中の四季折々。なんでもない日常をこれほど美しく表現するのは優れた絵画にも似た芸術性の高さを感じずにはいられません。
優れた芸術家というのは、日常のささいな風景をアートに変える力があります。我々凡人はその芸術を通して日常の美しさを再認識するのです。多くの絵描きがそうするように、宮沢賢治は言葉を操り芸術に変える力をもっていました。
画本として加えられたイラストはまるで版画のようであります。そしてそれは子どもに迎合しないたいへん美しいもので、原作のもつ世界観を邪魔していないところに好感がもてます。お子さんもきっとこの美しいイラストに何か感じるところがあるでしょう。
お話自体はたいへん短いものです。ですから読んであげてもあまり苦にならないでしょう。それにもともと大人が楽しめるように書いてある本ですから、繰り返し繰り返し読むことも子供向けの絵本に比べればずっとましであります。
そしてあるとき子どもが駄々をこねたらいってやりましょう。
「もうねろねろ。遅いぞ。明日イサドへ連れて行かんぞ」と。