
まずニイニイゼミが登場する。
体の小さいセミ類は熾烈な生存競争で生き抜くために先に出るか後に出るかという選択肢を取らざるをえない。夏の終わりを選択したのがツクツクボウシであり、夏の始まりを選んだのがニイニイゼミである。
体が小さいということは単純に腕力の小ささを意味するだけではない。声量もまた体の大きさに比例する。つまり体の小さいセミは声も小さい。大型セミの代表であるアブラゼミに合唱されてしまうと自身の声は肝心のメスに届かなくなってしまう。後か先か戦略は子孫を残すための戦略なのだ。
アブラゼミが羽化するのは気温が28度を超えて夏でも熱帯夜になるような暑さが必要である。ニイニイゼミはそれよりももっと涼しい時期に羽化をする。早いものだと梅雨と同時くらいに、遅くても梅雨の終わり頃には最盛期を迎える。
去年猿江公園でセミを探していたら思いのほかニイニイゼミがたくさんいることを知って、息子はたちまちニイニイゼミの虜になった。その記憶はとても鮮烈だったとみえ、ニイニイゼミ捕りがどんなに楽しかったかを繰り返し繰り返し口にしていた。そして今年もまた夏が近づいてきた。息子の脳裏にニイニイゼミの記憶が蘇りわたしとニイニイゼミを獲りに行くのを心待ちにするようになった。
今年は気温が低い日が続いたため、涼しさに強いニイニイゼミもさすがに出足が鈍ったようである。それでもちらほらと抜け殻を見つけ出すとついに成虫を発見した。わたしは自分で言うのもなんだが自分で言ってしまうがセミの素手捕りの名人である。このわたしにかかればウアッターッホホホウッ!!!!セミに逃げる術はない。

ニイニイゼミというヤツはたいへん味わい深いセミである。それは他のセミにはない特色を持っているからである。ニイニイゼミの幼虫は細かい毛に覆われていて、だから抜け殻は土で覆われている。これを見る度になんともナウシカ的であると思わないではいられない。セミというのは大小問わず大抵似たり寄ったりであるが、ニイニイゼミだけは違う。

それから羽化をして成虫になっても少し変わっている。というのもまるで蝶のように羽に鱗粉がついているからだ。そんなセミ、セミ界広しといえどニイニイゼミしかいないのではないだろうか。顔は平べったく愛嬌があってかわいい。その鳴き声は地味だが、見れば見るほど味のあるセミ、それがニイニイゼミだ。

去年はこの三倍くらいは採れたことを思うと、今年はまだ少ないと感じる。しかし待ち焦がれていたニイニイゼミ(の抜け殻)狩りの成果としては息子は十分に満足したようだ。わたしも成虫を捕獲できて父の威厳を保てたと言えよう。