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表情筋を鍛えよ

2015年に第一子が生まれてしばらくすると、自分の顔の異変に気がついた。

顔が異常に疲れるのだ。それもそのはず、今までろくに笑顔なんて作らないで冷めた人生を送ってきたぼくの顔面の筋肉はすっかりやせ衰えてしまっていたからだ。

 

腹をよじって笑ったのは一体いつのことだったろうと思い返してみれば、それは小学生の頃観たドリフのコントまで遡らなければなるまい。それ以降ぼくはターミネーター或いはC-3POよろしく言葉は話すが表情は変わらないアンドロイドとして生きてきたから顔の筋肉の動かし方もそれを支える筋肉もなにもかもなくしてしまったのである。

 

しかし、自分に子どもができてそれと対峙するとき無表情でいることは不可能だ。ダークサイドに堕ちたアナキンに再び善の心が芽生えるようにぼくの顔にもまた笑おうとする力が戻ってきた。ところがそんな意志に反して顔面の筋肉は言うことをきかない。頬はヒクヒクと痙攣し、口元はプルプルと震えた。重力に逆らって口角をあげ、頬をあげていることができないのである。笑顔を作るということは顔面のあらゆる筋肉を総動員しなければできないことに気づき、そしてそれができないことに愕然としたのであった。

 

そしてぼくのトレーニングが始まった。最初は笑顔が長続きしない。それは腕立て伏せやプランクをするのと同様に顔が疲れるからである。そして筋肉痛がやってくる。一体だれが顔面の筋肉痛があるなんて想像しただろうか。しかしあるのである。

 

子どもと向き合うときなるべく大きく笑顔をつくりそれを維持するようにする。毎日続ける。子育てに休憩はないのである。つまり子どもと対峙しない日は一日たりともないのである。したがってぼくは毎日毎日毎日顔の筋トレをし続けたのだった。

 

数ヶ月が経過した。あるときふと気がつくと笑顔が固定されているではないか!特別な意志を必要としなくても笑顔が作れる自分がいるではないか!ドリフのコントを観て腹をよじっていたあの頃のぼくがいるではないかっ!

 

かようにしてかつて妖怪が人間になりたいと願ったように、ぼくもまたアンドロイドから人間になったのである。子どもはまったく偉大である。ぼくは筋トレは全然続かないが、表情筋トレだけは完遂したのである。

 

息子は生まれたときから笑顔でした。我が家では太陽の子と呼んでいます。