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息子の告白

まもなく五歳を迎える息子は内側から湧き出る無尽蔵のエネルギーを持て余していた。昼寝をしなくても一日中起きていられるだけの体力があるから下手に昼寝をしてしまうと夜眠れなくなってしまっていた。休日こそ昼寝をさせないで一日中飛んだりはねたりさせられるが、平日は保育園のルールに伴い昼寝をさせられてしまう。

 

だから平日の夜はいつまでも眠れないでいて、九時にふとんに入っても寝付くのは11時などざらだった。それがあんまり可哀想であり、同時に親の時間が削られて煩わしくもあったため保育園に要請をして昼寝時間をみんなより短くしてもらっていた。

 

そういう日々が半年、いや一年くらい続いたかもしれない。

 

みんなより30分はやく起こされたところですでに1時間も昼寝をしていたから夜は相変わらず眠れない日々だった。いよいよ息子だけ昼寝なしでお願いできないだろうかなどど本気で考える始末だった。もちろんそんなことはできるはずないのだが。

 

ある日。それもわりと最近の出来事。息子は突然うわーんと泣き出した。最近息子は妹の真似をして赤ちゃん泣きをするから本当にうわーんと上をむいて大きな口を開けて泣き出した。大粒の涙がぼろぼろと頬を伝うまもなく床に落ちていく。

 

うわーんうわーんうわーん。ひっひっひ。うわーんうわーんうわーん。

 

どうしたどうしたどうしたの。

 

うわーんうわーん。ひとりだけ先に起きたくなーい。ひとりで起きてずっとコットの上に座って、みんな寝ているのにぼくだけ寝ちゃいけないって先生が怒る、うひっひっひ。うわーんうわーん。

 

起きてひとりで遊んでいればいいじゃない。

 

だって先生があそんじゃいけないって。ずっとコットの上でお部屋暗い。ひっひっひ。うわーん。なんでみんな寝てるのにぼくだけ寝ちゃいけないっていうのー。うわーんうわーん。

 

起きておもちゃで遊んでいればいいんじゃないの。

 

だってみんなが起きるまでホールから出られ、ひっひっひ、うわーん。コットから出ちゃいけないって、ひっひ、うわーんうわーん。

 

あそうかそうか。みんなが起きるまでホールから出られないのね。そっかそっかそれは辛かったね。てっきりひとりで遊んでいるのかと思ったよ。じっと座ってないと行けなかったんだね。それはさみしかったね。

 

息子が何度もうなずいている。涙の支流がよだれと鼻水に合流して本流を作り、滝となってどうどうと流れ落ちた。ぼくは息子をひざに乗せて抱きしめた。

 

それは知らなかったよ。ごめんね。でも一生懸命説明してくれたんだね。えらいね。

 

うわーんうわーん。うええええうわーん。

 

明日からみんなと同じ時間まで昼寝しようね。お母さんに日記にそう書いてもらうし、お父さんも明日先生に言うからね。ちゃんと説明してくれてありがとうね。ずっと頑張ってたんだね。もう大丈夫だよ。

 

息子の切実な告白を聞いたのは初めてである。そしてそこに論理性がありきちんとした説明になっているのは感動した。なによりも先に起こされてじっとしていないといけないことが息子にとってストレスになっていたことを知らなくて、それまでの我慢を想像すると胸が苦しくなった。

 

そんな辛い思いをさせるくらいなら、夜寝ないことくらいどうでもいいことだった。

 

明くる日、妻は日記にその旨を記し、ぼくは送りに行った際に先生に昼寝はみんなと一緒でとお願いをした。そのときの息子の明るく晴れやかな顔よ!

 

これで夜ますます寝ないのは確定だなと思ったが、思わぬ誤算があった。

なんと、息子は以前よりも確実に早く眠りに落ちるようになったのである。

昼寝の時間は増えたが、ストレスが減ったことに加え、本人の中でなにかが変わったのだろう。

 

2時間寝ないことが普通だったのに、今では1時間くらいで寝ているようだ。

こんなことってあるんだな。こうやって息子は成長の階段を確実に上がっていっているんだな。

 

キミのストレスに気が付かなくってごめんよ。でも教えてくれてありがとね。