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5歳の葛藤

ティラノサウルスに絶賛なりきり中

いよいよ息子が5歳になる。

お父さんのお膝の上でごはんを食べるのは4歳までだよ。

おもちゃもって寝るのは4歳までだよ。

4歳までだよ。

4歳までだよ。

4歳までだよ。

4歳

4歳

4さい

よんさい

ヨンサイ

YONNSAI

……

 

そんなことを言い続けてついに1年経ったのである。

いよいよもって数日後に誕生日を控えた息子が保育園から帰るなり号泣し始めた。夕飯の支度がしたいのであるが、「こっちきてだっこして〜!」と大絶叫しながら泣いている。

「だっこおう!だっこうお!どぅわっこう!」

なんで泣いているのか知らんが、あとはうどんを茹でるだけなのでさっさと作ってしまいたい。しがみつき泣きわめくアニキのそばで、今度は腹を空かした妹がぐずり始めた。最近は保育園の給食が足りないのか、腹ペコで帰ってくる。アニキの絶叫に合いの手を入れるように妹が「ちーずぅ、ちーずぅ、ちーーーーぃずぅ!!」とチーズを要求しだす。

 

もううどんを作ることは諦めて妹を椅子にセットし、好物のチーズを与えてまずは妹を黙らせる。息子を抱っこして俺は言った。

「あとはうどん茹でるだけだから。ね。お腹すいてるんでしょ。ね。はやく作って食べようよ。ね」

半ば強引にお膝からおろそうとすると息子は暴れまわってしがみつき「だっこしてだっこしてだっこして、やだやだやだやだ、だっこおうおうおうおうおう」と泣く。その間に好物のチーズを食べ終えた妹が新たな要求を繰り出してきた。

「らむねーらむねーらむねーらむねたびたあい」

 

右から号泣、左から要求。俺はピンチ最大級!イエァ!

 

とか韻を踏んでいる場合ではない。俺は夕食制作を諦めてソファに座り、右ひざに息子を乗せ、左に娘を乗せ落ち着くまで抱っこすることにした。最初天を仰ぎ大口を開けて大粒の涙をざあざあと流していた息子であったが、しばらく泣くとようやく落ち着きをみせた。それで俺が「なんで泣いたんだい。保育園でなんかあったの」と聞くと、

 

「5歳になっても妹とおんなじにしてえー。お膝でごはんたべさせてえー」

とのたまった。

 

息子はここ数日自分の誕生日が近づくことが楽しみで仕方がない。それはプレゼントに恐竜を買ってもらえるからとかケーキを買ってもらえるからといった極めて即物的な事象に対しての楽しみなのであって、5歳になることが楽しみなのではないのだ。まあそれはそうだ。5歳になったからといって昨日と今日でなにか変わるわけではない。プレゼントが楽しみだ。心の底から楽しみにしているのは日々包み隠さず表現しているから重々承知している。

 

しかし、同時に彼の心の奥底では5歳になることで失われることの重要性が日々増していたのである。誕生日は待ち遠しくもあり同時に永遠に来てほしくない日だった。できることならプレゼントだけもらって永遠に4歳でいたいと理屈の外でそんなふうに思っているに違いない。

 

だがここは漫画の世界ではない。のび太やカツオやちびまる子ちゃんの世界ではないのである。したがって4歳の次は5歳になる!

 

だから息子は泣いたのだ。流れ行く時間にあがらうことができないから泣いたのだ。よし泣け息子よ。泣いて泣いて泣きまくれ。ひとつの涙が流れるごとに、キミは大人になっていくだろう。泣け息子よ。魂を揺さぶり感情のほとばしるままに泣くのだ。涙はこころの脱皮である。

 

なにも納得させられる言葉をかけられぬまま俺は息子の頭をなでた。ほどなくして夕食制作を再開してもよいというお許しがでたのでうどんをさっと茹で、すでに作っておいたスープと合わせてだした。息子は美味しい美味しいといってよく食べた。

 

「お父さん作ってくれてありがとう」だって。

 

今度は俺が泣いた。