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大人の都合

三歳までは自動車だった。ありとあらゆる車種を覚え、車名を記憶した。とくにお気に入りはミニバンの類で通りでハイエースやキャラバンを見るたびに興奮していた。

 

ぼくはどちらかと言えば車より電車のほうが好きだったし、もっと言えば乗り物より恐竜のほうが好きだったから息子も恐竜好きになってくれたらいいなあと夢見ていた。

 

すると、四歳になってとつぜん恐竜が降臨した。息子は今までの車愛がどこへいったのかとおもうほど趣旨変更し、恐竜にぞっこんになった。親としてはこれほど嬉しいことはない。自分が好きなものを子どもも好きになってくれるのだから。

 

息子は恐竜図鑑を最初から最後まで暗記した。本当に1ページ1ページ暗記するのである。息子の口から聞いたことのない恐竜の名前が次々と飛び出してくる。ほんとにこんなに種類があるのかと疑うほどに現代の恐竜学というのは細分化されているらしい。一度息子がゴジラサウルスなどというから、そんなもんいるかと言ってしまってあとで図鑑を見たら本当に載っていた。しかしその恐竜はゴジラの名前からは程遠い小さな恐竜だった。酷い名付けもあるもんである。

 

かくして恐竜好きになってくれたのはいいが、その度合が半端なく朝から晩まで恐竜になってしまった。起床よりアロサウルスだのテリジノサウルスだのヴェロキラプトルだのに「なりきって」うぎゃーぐおーしゃーっなどと始まる。大体歩いているときは某らの恐竜になって歩いている。指を2本だけだして胸にぴったりつけているときは大概ティラノサウルスである。ヴェロキラプトルの場合は3本指になって腕ももっと前へ突き出す。細部に抜かりはないのだ。

 

お父さん恐竜の名前教えてあげよっか、というときは覚悟しないといけない。なにしろ膨大なリストの暗唱が始まるのだ。よくぞそこまで覚えたと褒めたのは最初だけである。今や恐竜の名前教えてあげよっかというと反射的に別の話題を持ち出してしまう。もちろんそんなことをしたって許されるはずもなく、延々とお経のように始まるのだが。

 

ある時、突然頭突きをかましてくる。パキケファロサウルスになっていた。ご存知石頭竜の代表格で、頭部が石のように固く頭突きを武器にする恐竜だ。映画ジュラシックパークにも登場する。パキケファロサウルスは息子のお気に入り恐竜のひとつでなにかと頭突きで突進してくる。けっこう痛いんですけど。

 

迂闊にもどんな恐竜が好きと聞いてしまうのは相手の術中に自らハマるようなものである。

細分化された種類別、科目別に好きリストを発表されて、さらにお父さんは竜脚類じゃなにが好き?と聞いてくる。毎回。アパトサウルスと言えば俺ブラキオサウルスと畳み込んでくる。毎回。

 

翼竜類といえばプテラノドンしか知らないが、図鑑には10種類ほどの翼竜が載っており、すべて暗記している息子がいう名前に知らないと言えば知らないの?などと上から目線だ。ちなみに翼竜は恐竜ではないということを最近知った。恐竜というのはかなり厳密に決められた種族だけに用いられる名称で、空を飛ぶ翼竜や海を泳ぐモササウルスなどの海生成物は恐竜ではないんだそうです。勉強になりましたね。

 

あんなに恐竜好きになってほしいと思っていたのに、起床から就寝まで恐竜ずくしだと大人的にはうんざりである。そうかこれが大人の都合ってやつかと最近恐竜ネタにいまいましく思う気持ちをほほえましさに変えようとお父さんは頑張っている。けどツライ。