
「マジでブチギレ5秒後」
今日は今朝から気温が上がり暑い一日となった。湿度が低いため木陰に入れば涼しいのはこの季節限定の贈り物だろう。だがしかしなぜか子どもたちは太陽の下で遊びたがる。
「ほらこっちにドングリが落ちてるよ」
去年落ちて腐りかけのドングリが地面に散らばっている。ここならば木々が茂り葉が頭上を覆っていて涼しい。子どもたちにとってドングリは宝石だ。それがたとえボロボロのスカスカであっても変わらない。
二人の子が夢中になってドングリを拾い、たまに枯れ葉の陰からダンゴムシを発見して喜んだ。ぼくも木陰にいられることで安心したが、それでも高い気温と乾燥した空気でいつの間にか軽い脱水状態になっていた。目の奥にうっすらと頭痛を覚え嫌な予感がした。ぼくは元来頭痛持ちだ。だから頭痛の始まりというのは予想がついて、これは間違いなくこれから頭が痛くなる予兆だった。
お昼で帰宅して妻が切っておいてくれた野菜をつかって焼きそば(また)を作ってロキソニンを飲んだ。頭痛の特効薬マイ・フレンドロキソニン。ただしこいつが効くまで少し時間がかかるため1時間だけ昼寝をすることにした。子どもたちも一番暑い時間になにも外出することはないだろう。幸い今日は妻が出社しているため自宅にいても邪魔にならない。
ぼくはスマホのタイマーを1時間後にセットしてベッドへあがった。子どもたちが騒がしく音を立てていたが昼寝というのは夜と違ってすんなり眠れる上に二人が楽しく遊んでいるなら別に構わないと思った。
夢うつつ。まぶたが重くぼくを眠りの底へと誘い込む暗闇の力と寝させまいとする子どもたちのキンキン声の綱引きの狭間でぼくはたゆたっていた。しかし、残念ながら、そして予想通りに、子どもたちの声が輝く太陽の光のごとく睡魔の闇を打ち払った。
子どもたちの騒ぎ声に加えて洗面台の水道の音がする。
「水遊びしちゃいけないよ」
ぼくは目をつぶったまま声をかける。
ジャージャージャー。
「もう出しすぎだよ。止めなさい」
ジャージャージャー。
「はやく止めなさい!もうおしまい!」
目が開かない。中途半端に眠りにつこうとしているぼくは、片足を魔空空間に引きずり込まれているそんな状況だ。
キャキャキャ。ジャージャージャー。ギャーギャーギャー。ジャージャージャー。
「お父さん、妹が!」
それでぼくはがばと起き上がって洗面台を見ると、床一面水浸し、上半身ずぶ濡れの妹、面白がって飛び跳ねているアニキの姿を同時にみてとった。
ブチッ!
「いいかげんにしろーっ!」
ぼくは水道を止めるとタオルで床を拭き、びしょびしょの娘の服を脱がしてついでにうんちをしていたのでおむつを交換し息を吐こうとした瞬間部屋の残状が視界に飛び込んできた。
ただ散らかっているのではない。なにか良からぬことが起こっていたのは明らかだった。床に散らばっているものは明らかにおもちゃではない。
ブチブチッ!
「なにやってんだーっ!」
普段机の上にあるものは触ってはいけないと強く言い聞かせていた。そこには仕事に必要な大人のものがたくさんあるからである。それがなぜか床に落ちている。勝手に使ってはいけないと奥にしまってあったペン類が床に散らばっている。ぼくが大切にしているアンティークウォッチのキングセイコーがぐしゃぐしゃになっている。机の下にしまってあるユングの本が床に落ちている。財布が開いていて小銭が出ている。あとで聞いたところによるとキーボードやマウスで遊んだという。画面に触ったかと聞くと触ってませんというからそれは信じよう。
それで終わらない。目を移せばお出かけバッグの中身が荒らされており、おやつ用にもっていたお菓子が全部食われていて空の容器が転がっていた。ぼくは頭に来すぎておもちゃ箱を抱えるとゴミ箱に流し込んだ。ほとんどがトミカのおもちゃはガチャガチャと激しく音を立てて落ちていった。むろん息子は大泣きしている。知るか。
妹が妹がと言うので、本来お前が止めるべき役割りだろうそれを増長してどうするこんなことしていいと思っているのか云々かんぬん説教したが腸が煮えくり返るばかりだったからとりあえず洗濯物を取り込みお湯を沸かしてコーヒーを飲むことにした。
息子は泣きながら寝落ちしようとしたので寝るんじゃないと起こして(それでまた泣いたけど)表へ連れ出すことにした。気分を変えるには場所を変えるに限る。息子は別段ぐずることなく準備をすると自転車に乗った。あ、こいつ反省するようになったな。
「猿江に行くよ」
「え、木場に行きたい」
「駄目、猿江に行く。お前のリクエストはきかない」
時間的に木場に行くには遅すぎたし、なにより行きたい場所につれていくつもりは毛頭なかった。自転車で走り出すとすぐに娘は眠ってしまった。平和な妹。それでぼくはコンビニに立ち寄ってチョコアイスのパルムを二本買うとベンチに息子と並んで座った。
「妹が寝てる間に食べよう」
「お父さんアイス買ってくれてありがとう」
ぼくはここで先の件を持ち出そうかと思ったがやめた。言い過ぎたところで聞くわけではない。
「お父さんオレとおんなじの買ったの」
「そうだよ。いいだろ一緒の」
「うん」息子が笑顔をみせた。それからいつもの息子に戻っていた。そして二人で黙々とアイスを頬張った。息子が棒についたチョコをきれいに舐め終わるとぼくはウェットティッシュで口のまわりのチョコを拭ってやる。
「さあ遊んでおいで。お父さんはここで妹を見ているから」
しばらくして娘も目が覚めて3人で夕暮れ時まで公園で過ごして帰宅した。
この一件で息子が直ちに品行方正になるわけではない。同じようなことを繰り返し繰り返していくだろう。その都度ぼくはブチ切れるかもしれないしそうならないかもしれない。でもそれでいいのだ。この間言ったのにッ!は親の常套句だが欲望と刹那に生きる子どもたちにとってさほど意味のある言葉ではない。ただ親が言わずにはおれないだけのことなのだ。
成長の階段はある日突然やってくる。それも3段飛ばしくらいに。