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The Golden Month : DAY 37

「春雨行軍」

 

朝起きて窓の外を見るとところどころ濃いシミのような斑紋をつけた薄灰色の雲が広がり細かい雨を降らせていた。ああ今日も雨か。天気予報通りの空模様を恨めしげに眺めてからいつもどおりの一日が始まる。

 

最近うちの娘はぼくの膝の上でご飯を食べるフェーズを終えて、一つの椅子をシェアして座るように要求するようになった。それが半分ずつならまだいいが、大抵三分の二が娘の領域となり、ぼくは半ケツを残りの三分の一に預けて飯をかきこむ。ぼくが他の椅子に座ろうとすると泣いて怒るのでぼくはこの時期がお膝ブームと同じく去ってゆくのをじっと耐えるしかない。三食すべてこの調子だからこれはもうDVといっても差し支えないだろう。

 

朝食が終われば家族で天祖神社へ散歩に行く。雨の日はゴミ拾いはしない。だが気がつくと目が路面に散らばっているゴミへといってしまう。一度気にするようになると街の汚さが目立って仕方がない。

 

雨なので外出できず、したがってうちでは雨の日は特別に映像を見ることができる。映像というのは映画や一部のアニメなどこちらが選定した映像に限る。昨日はメアリーポピンズを観て、今日はサウンド・オブ・ミュージックが観たいという。どちらもジュリー・アンドリュース主演の映画であるがそれは偶然で長い映画でも音楽が楽しいので子どもでも飽きないようだ。

 

表を見やると雨があがっていた。映画の途中だったが続きは帰ってからみようと子どもたちを外へと連れ出した。実際出てみると完全にやんではおらず、細かい霧雨が風にふかれていた。それでも一度出た以上引き返したくはない。それに少しでも妻にひとりで静かに仕事ができる時間をあげたかった。雨だから滑るからね。いつもより気をつけて走るんだよ。ぼくは息子にそういって前を走った。時々振り返って確認すると息子は笑顔でついてきていた。

 

体にまとわりつくような雨が不快でぼくはついついスピードを上げてしまう。その度に後ろを確認し息子が追いつくのを待った。その公園は高速道路の下にあるので雨を防げるかと思ったが、天井が高すぎるせいで雨は容易に吹き込んでいた。うっすらと濡れた滑り台はまったく滑らず、子どもたちはすぐに遊具で遊ぶのをやめてしまった。どこにいても雨を避けようがなく、橋脚の陰ですら回り込んだ風が雨を運んできた。雨脚は弱まったり強まったりしていたが、止む気配はまったくなく、しばらくベンチの上で飛び跳ねて遊んでいた子どもたちも帰りたいと口々に言い出した。晴天時にくらべ気温が低く肌寒い。そこであまり体を濡らすのは賢明ではないと思い帰宅することにした。自転車に乗って橋の下をでると来た時よりも霧雨はより濃くなっていた。

 

雨の中を自転車で走ることほど不快なものはない。そのスピードによって雨脚は相対的に強まり、顔に降りかかる水滴の煩わしいことといったらない。路面も滑りやすくなり、ただでさえ硬くグリップ力の弱いママチャリのタイヤでは運転がより一層慎重になる。

 

確認のために振り返って息子を見れば、なんと彼は笑っていた。楽しいかと聞けば楽しいと即答する。オレの自転車ピカピカになっちゃった。そうか。こんな雨でさえキミにはエンターテイメントになるんだな。息子は空を仰ぎ顔に降り注ぐ雨を満面の笑みで受けていた。そうか気持ちいいんだね。ぼくはそんな息子の姿をみていたら、顔をしかめて走るのが馬鹿らしくなった。目の前に大きな水たまりが迫ってきたので避けずに足をあげて突っ切った。突っ切ってからしまったと思ったが、すでにその時息子も水たまりを水しぶきを上げて通過したところだった。

 

そう、息子の自転車には泥除けがついていない。だから背中が水たまりの水を浴びてしまうのだ。でもそれはどうでもよいことだった。ぼくが率先してやってみせ、息子がすっかり真似をしてやり遂げた満足感こそが彼にとっては大切なのだ。信号待ちで並んだ時、ぼくは息子の肩に手を添えて微笑みかけた。息子は屈託のない笑顔でぼくの目を見つめ返した。