
「行こう、もう一度。」
今日は少し気温が高いけれど、空気は乾いているし、走れば風が涼しい。
もう一度葛西臨海公園へ行きたいとキミがいったから、よし行こう。よし走ろう。
パンとおにぎりとそれからお菓子。
遠くに走りに行くんだもの、食料はちゃんと持っていかないとね。中央公園を抜けて、小松川公園を抜けて荒川へと出る。轟々と唸りをあげて走り過ぎていくロードバイクの群れ。キミは臆することなくペダルを踏んでぐいぐいと突き進んでいく。あの成功がキミをまたたくましくしたんだね。
葦の茂みからヨシキリの囀りが聞こえてくる。キミは耳を澄ませてオオヨシキリの声を一生懸命聞いていたね。恐竜が鳥に進化したように、キミの興味も恐竜から鳥類へと進化しているよ。いまやどんな鳥だってキミにとってはヒーローさ。ムクドリやドバトやスズメでさえキミの好奇心はその生命の躍動をまるごと取り入れようとしている。5歳の目って本当すばらしいな。
おや、気がついてみればいつもよりスピードが上がっているじゃあないか。いつの間にかそうして上達していくんだね。その速度なら、葛西臨海公園はあっという間だよ。葛西橋をくぐって、清砂大橋を渡ればもう着いたも同然さ。今日はずいぶんひとが多いからね、気をつけて走ってくれたまえ。休憩したかったらいつでも止まっていいんだよ。今日は気温が高いからね。水分もたくさんとってくれ。あ、お赤飯のおにぎりがすきなのかい。ぼくもそれ好きなんだよなあ。それ取るとは思わなかったなあ。今度からふたっつ買おう。いいよいいよ食べなさい。美味しいかい。それ取るとは思わなかったなあ。
ほら、海だよ。海海。大きな船がとまっているなあ。公園の木陰でお昼にしよう。ねえ、気がついてるかい。葛西臨海公園まであっという間だったんだよ。大したもんだなあ。ちっとも疲れた様子がないじゃないか。え、おにぎりを残したいだって?封を切ってしまったからとっておけないんだよ。自分で目の前のゴミ箱に捨てておいで。でもいいかい。食べ物を無駄にするっていうのはいけないことなんだよ。そんなふうにいらないなんて簡単に言っちゃあいけないんだよ。それがわかるなら捨てておいで。そしたらキミ、やっぱり全部食べるって頬張ったね。素直なんだね。ぼく、キミのそういうとこ大好きだなあ。
野鳥の道のちょっとした登り。滑る路面でキミは自転車に乗れなくて押したね。そしたらどうだい。足元の縁から顔をだすカニを見つけたじゃないか。みればカニの巣穴がいくつかあって、そこから真っ赤な爪をしたカニがでてきてあわてて引っ込んでいったね。キミが自転車を押して歩いたから発見したんだよ。ぼくはすぐに通り過ぎちゃったからわからなかった。自慢していいよ。それに押して歩くことは別に恥ずかしいことじゃないんだから。
観覧車を近くで見たい。キミがそういって、ぼくらは回っていない観覧車の麓でそよ風に吹かれたのさ。木陰に寝転び、観覧車を見上げると動いていないはずの観覧車が動いているように見える。それは雲が動いているからさ。そんなふうにして眺めていると、ふいに観覧車が動いた。そして少しだけ回った後に止まった。今のは本当に回ったよね。キミも見たろう。雲なんかじゃない。本当に動いたんだ。なんでだろうね。
ぼくらは少しだけ日が傾くのを待ってから公園を出発した。日差しはさらに強くなっていて、日陰の一切ない河川敷を走るのを避けたかったんだよ。帰りは追い風だよ。でもそうだった。キミは帆にならなかったんだった。ちいさな背中。ぼくはキミの背中に手を添えて、少しだけ手伝ってやる。ほら、追い風ってこんな感じなんだよって。
さすがのキミも疲れたようだね。でも知っているかい?前回は一歩も進めないほど疲れていたんだぜ。それに比べたらどうだい。休んでいるときだって、まだエネルギーは残っているじゃないか。すごいことなんだぜ。
ほら都営新宿線をくぐれば小松川公園さ。もう帰ってきたも同然だね。そう言っている間に中央公園だよ。さあここからは道路にでるよ。最後まで気を抜かず、お家へ帰ろう。
よく走ったね。よく頑張ったね。おやもう寝息をたてているのかい。ぐっすりお休み。ほっぺにちゅー。