
「どうして大人は雨がきらいなの」
無邪気にそう尋ねる三歳の娘。答えに詰まるぼく。だって濡れるの嫌じゃないか。冷たくって、ベトベトして、ジトジトして。でもそれは本当か。だって面倒くさいじゃないか。濡れた頭を拭いたり乾かしたりして、服を着替えたりして。そう面倒くさいのだよ。大人はそういうことをするのがいちいち煩わしいと感じるのだよ。だから雨は嫌いなんだ。そんな風に答えられないから「そうだね、大人は濡れるのが嫌いなんだよ」なんてまるで響かないことを言ってみる。案の定娘は道端の昨日を思い出している。「チョウチョどこ行った」アゲハチョウの死骸が植え込みの下にぶら下がっているのを見つけて教えたのを覚えていたらしい。もう食べられちゃったんじゃないと言って植え込みを覗き込んでみたがやはりみつからなかった。
「お父さんの傘、雨がコツンコツンいっているよ」
三歳児には、まるで雨が傘をノックしているみたいに聞こえたのだろうか。キミはそんな一言が大人を感動させているなんて思いもしないだろうな。雨がコツンコツンだなんて素敵すぎるじゃないか。娘が突然顔を空に向けてあるき出した。本降りの雨でまたたく間にびしょびしょになった。なにしてるの。
「だって、雨が濡れて気持ちいいから」
一瞬止めようかと思ったけどそのまま好きにさせておくことにした。濡れたら拭くだけじゃないか。そのための着替えもあるのだし、構うものか。そこでふと、宮崎駿が子どもたちを車に乗せた時の話を思い出した。子どもたちがサンルーフを開けたいと言ったが雨が降っているからダメと言って、その後ダメと言ったことをとても後悔したと宮崎駿が言っていたのをなにかの映像で見た記憶。
構うものか。だって、顔中に雨を受けてキミはそんなに嬉しそうじゃないか。こんな楽しいこと他にないって顔じゃないか。
保育園につくとさっそくクラスメイトに顔中が濡れていることを自慢している。へえいいなあと顔に描いてある友達を見て、止めなくてよかったとぼくは思った。