
写真はイメージです
鰯の開きが安かった。開きといっても干物ではない。鰯をおろして開いた状態で売っていた。おろしたてのようでまだツヤツヤと光っていた。1匹50円。一皿8枚乗って400円だからお買い得だ。
余っていたパセリを刻んで小麦粉と混ぜてそれを鰯にはたいてオリーブオイルで焼いた。パセリの風味はほとんどしなかったけれど焼き具合は悪くなくて我ながら結構美味い。ところが子どもたちの食いが悪い。鰯は骨が多くそれが嫌がられる原因になった。といってもその骨はヒゲみたいに柔らかいから食べても支障はないのだが、子どもたちは骨というだけで、ほとんど取り除くのが不可能な小骨を指先でつまんでいる。
気に入ればいくらでもあげようと思っていたけどこれじゃあ一匹食べるのだってままならない。そのうちに飽きて息子が指先についた小骨を弾き飛ばして遊び始めた。カチンときた。だって時間をかけて料理した食べ物をろくろく食べもしないでおもちゃにしたら誰だって頭にくるではないか。それでぼくはこういった。
「おい、その飛ばした骨はどうするんだ。ちゃんと自分で拾いなさい」
睨みをきかせて強い口調で言うのだ。すると息子は不味ったと思ったのか戯けた態度を見せて、手を目の上にあげて額にあて、遠くを眺めるような仕草でテーブルを見回した。
それがつぼった。その仕草と表情が相まって可笑しさと可愛らしさがぼくの腹の奥からこみ上げてきたのである。ぼくは睨みを効かせながらも笑いそうになる口元を必死に抑えようとした。しかしそれは無駄だった。息子はぼくが怒っているのか笑っているのかわからない顔をしているので上目遣いで戸惑いの表情を浮かべている。そしてついにぼくは「ぶひ」と空気をもらして笑い出した。そうなるともう止められない。笑いはあとからあとからやってきて一人でヒーヒーいって笑った。「なんで笑ったの。お父さん、なんで笑ったの」と息子が訝しむので「だってさあ、お前が可愛いんだもん。愛おしさが爆発した。怒ろうと思ったのに笑っちゃった」と言いながらさらに笑った。目尻から笑いで涙が流れる。息子は赤ちゃんに戻って「はにゃっ」と叫ぶとぼくの膝に乗って抱きついてきた。娘がそれを阻止せんとばかりに闖入してきて割り込もうとするから二人をぎゅうぎゅうする。
「さ、ふたりともご飯を食べて」
笑いが収まったのでぼくらは食事に戻った。