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つまんない禁止

 

 

「つまんない!」

 

 

 

最近の息子はすぐそう言う。今まで退屈なんてしたことがなかったのに、どうやら覚えたようである。これも成長の証だと思えば微笑ましいが、遊んでいるかお菓子を食べているとき以外は全てつまんないのであるからうるさくて仕方がない。

 

 

 

「つまんない、つまんない、つまんない!」

 

「トイレはつまんなくて正解だ。詰まったら大変だからな」なんて冗談が瞬時に通じるにはもう少し時間が必要らしい。本でも読めばいいじゃないかと言っても今はそういうムードじゃないようだ。要するに遊びに連れていくかお菓子を食わせろということなのだが、いつもいつもご要望に応えられるわけではない。

 

 

 

妹が兄に乗じて真似をする。

 

「つまんない、つまんない、つまんない!」

 

「つまんない、つまんない、つまんない!」

 

合唱するなら歌でも歌えばいいのに。その合唱こそつまんないよ!なんて言わない。言い返せば火に油を注ぐようなものだから。そこでぼくが息子の頭に手を伸ばしてなにかを掴み取るフリをして言った。

 

 

 

「今お前の頭からつまんないを取った!」

 

そしてその握った手を窓へ向けて外へ投げ飛ばしてやった。

 

「よし、これでつまんないがなくなった。もうつまんないはない!」

 

息子は空気をめちゃくちゃに掴んで頭になすりつける。そんなにムキにならんでもよろしゅうに。

 

「戻した。つまんない戻してやった。つまんない全部あるからね!」

 

 

 

やれやれだ。ないがあるだなんて。色即是空、空即是色。

 

 

 

「飽きた、つまんない、面白くない!」

 

と言うから、

 

「秋田、盛岡、青森!」

 

と言い返したら

 

「盛岡県なんてあったっけ?」

 

と真顔で聞き返してきた。おっとそこに興味をひいたのか。ちょっとだけつまんないを脱したぞ。気がついているか息子よ。

 

「ないよ、思いついただけ。秋田、岩手、青森」

 

「秋田県、岩手県、青森県」

 

全部が県で揃ったことで落ち着いたらしい。そういうことには大変なこだわりをみせる。飽きただけに東北に絞っていることに気がついているか息子よ。これが秋田、埼玉、和歌山だったら台無しなんだぞ。駄洒落もまた奥深しだ。Learn the Force, young padawan.

 

 

 

小学校にあがって息子は退屈を学んだ。保育園の時代はただ一日遊んでいればよかったのである。ところが小学校は違った。学校は勉強を教えているつもりらしいが、本人が身につけてくることといったら退屈ばかりだ。おかげで休日も退屈が忍び寄った。梅雨で雨がちな空模様。外で思いっきり遊ぶこともままならない。アニメや映画は退屈しのぎに丁度いいが、体力を消耗しないから終わればすぐ退屈がやってくる。有り余るエネルギーのはけ口がないから親にあたる。たいへんよろしくない。つまんないつまんないうるさいからつまんない禁止令を出したが二秒で破られた。

 

 

 

やれやれだ。昆虫採集に行きたいなあ。ぼくは梅雨空をうらめしく見上げた。