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三歳児のラストスパートと育児放棄宣言

 

 

極まっておる。確実に極まっておる。

 

なにが極まっているのかと言えば、三歳半を過ぎた我が娘のイヤイヤである。

 

もうほんとに絶望的にいやんなるくらいにわがままが激しい。返事はすべてイヤである。街の往来でぼくをクソジジイと罵るし、お父さんと来たくなかったお母さんがいいと叫ぶし、大粒の涙をこぼしながらお父さんのクソバカヤロウあっち行けっと怒鳴る始末だ。

 

 

 

トイレのあとにパンツを履かせろというから履かせようとすればノーパンで脱走する。ようやく来たかと思えば足をぴょこぴょこジャンプさせて一向パンツに足が通る気配がない。イライライライライラ。

 

 

 

大体大声で泣けばすべて自分の要求が通ると勘違いしているふしがあるから頂けない。お菓子―、おかしー、おがじ〜と泣いて叫んでぼくの服を引っ張るから裾がベロベロになった。だからといって毎回お菓子をあげていたら体を壊して死んでしまう。だからここはぐっと堪えて拒否していると殴る蹴るの暴行が始まる。なんでこんなに暴力的なんだ。しかも結構痛い。娘は生まれ持った才能で蹴り技が多彩で、とくに三ヶ月蹴りを得意としている。弧を描いてシュッと飛んでくるつま先が脇腹にヒットすると痛すぎて腹が立つ。こないだなど、休日のまどろみを楽しんでいたら早く起きろとやってきてなんと胴回し回転蹴りを決めた。娘の踵がぼくの腹を直撃する。ぐほっへっ。

 

 

 

お風呂からあがったが、ぼくに体を拭いてもらいたくないと言って逃走する。さんざぱら逃げ回っといてうんちのときはお父さんのご指名がつく。おれはきみの奴隷か。トイレのときは所定の位置で待機していなければならず、ちゃんと見てるからねと言ってなんどもトイレのドアをあけてぼくの位置を確認する始末。そんなのいいからさっさと済ませよと思うのだが、言うだけ無駄である。

 

 

 

食事のときは毎食ぼくのお膝で食べようとする。頼むから一人で座って食ってくれとお願いするがまず通じない。朝食は100%ぼくの膝である。もちろん自分でスプーンを使うことはない。たべさしてーと言って待っている。いい加減自分で食べなさいと言いながら毎日食べさせている。

 

 

 

娘は電車に乗るとすぐに退屈してしまう。息子はわりかし景色を眺めて楽しんでいられたが、娘はすぐにつまんないと言いだす。そして抱っこ。だっこだっこだっこ〜。だっこしてよ〜。だっこ〜。あんまりうるさいと迷惑だからぼくは仕方なく抱っこしてやる。座席が空いている。抱っこしながら座っていいと聞くと絶対にダメと言う。おんなじじゃん。抱っこしてるんだからいいでしょ、と言っても通じない。仮に座ろうものなら大泣きで報復してくるので立ち上がるしかない。かくしてぼくはガラガラの車内で立って娘を抱っこするのであった。15キロを超えた娘の体重が腕に重くのしかかる。

 

 

 

公園で遊んでいる。小雨が降り出してきたから帰ろうと言うとイヤだとくる。無理につれて帰ろうとすると全身をばたつかせて大声でやだよーおろしてやだよーと泣きわめく。他人がみたらぼくはほとんど誘拐犯である。ぼくは諦めて娘を放牧する。すると小雨は本降りに変わって二人はずぶ濡れになった。だから早く帰ろうって言ったじゃん!

 

 

 

保育園に迎えにいけば、なんでお父さん来たの、お母さんがよかった!などと本人を目の前にして言い放つ。自転車に乗せようとすれば理由もなく拒否することがある。すべては気分次第である。ある時など走行中に突然自分でベルトを外して立ち上がったこともある。帰る方向が気に入らないらしい。さすがに走行中に立ち上がるのは危険である。ぼくは道のわきへ自転車を寄せるとそこから押し問答が始まった。乗って。乗らない。乗って。乗らない。乗って。降りるよ降りるよ降りる〜。乗って!!!!

 

 

 

一事が万事この調子である。なにしろ返事がすべて「イヤ」なので、物事がスムーズに進むこと自体がないわけだ。あれやれ、これしろ、ああじゃない、こうじゃない。履かせた靴下を履かせ方が気に入らないと一瞬で脱ぎ去り、かぶせたヘルメットを脱いで放り投げ、もう一度最初からやり直せと要求する。一度ならいい。一度ならぼくも仕方なく靴下を履かせてやるのだ。でも、そうじゃないと言って脱ぐ。何回も脱ぐ。自分で履け!やって!お父さんやって!

 

あんまりイヤイヤが過ぎてぼくもさすがに我慢の限界を超えたからついに言ってやったのである。

 

 

 

「もうなんでもかんでもイヤイヤ言って。もう決めた。育児放棄する!もうなんにもしてやんない!」

 

ぼくは高らかに宣言したのである。すると娘は、

 

「イヤーーーーーーーーーっ!!!」

 

と絶叫したのち大粒の涙をぽろぽろと床にこぼし、おとうしゃんやって〜と昔のゾンビみたいに靴下をぶら下げた腕を突き出して歩いてきた。

 

 

 

ぼくは四歳になるまで、四歳になるまでの辛抱だ、四歳になったら変わるのだ、四歳に…と心の中で念仏を唱えるようにして靴下を履かせるのであった。