
たべものにまつわる本
最近立て続けに食べものにまつわる本を二冊読んだ。
ひとつは、「たべもの噺」鈴木晋一著 平凡社 1986年で、
片方は「食道楽」村井弦斎著 新人物往来社 1976年である。
「たべもの噺」は日本の黎明期から江戸時代までを範疇としており、書物に残る食べものについて深く言及した本である。もともとは平凡社(現在のマガジンハウス)の月刊百科に連載していたコラムだったようで、それを一冊にまとめた本である。
古代中世の日本人がどんなものを食べていたのかというのは、実に興味深い。
それにガスも調理道具もまともにない時代なのだからと高をくくっていると見事にその予想を覆された。昔の日本人たちの食生活はたいへん豊かであった。もちろん身分によってその程度の差は大きいだろうが、書物に残るような暮らしをしていたひとたちは現代よりも凝った料理を口にしていたといっても過言ではない。
ぼくが大好きなうなぎについての記述がある。
うなぎは甘辛いタレにつけて蒲焼きにする手法が考案されるまで不味い魚であった。しかしその生命力の豊かさからなんとかして食ってやろうと試行錯誤の末、蒲焼きが誕生したのである。さて、かばやきの語源はなにかと言えば諸説ある。
まず、うなぎを焼くと皮が赤黒く変化する。それが樺の樹皮に似ていたので樺焼きと呼んだ。次に、焼くとすぐに香りが伝わるので、香疾焼きと呼んだ。第三説は、うなぎを焼く時の形が蒲の穂に似ていたためとする、蒲焼きである。昔はうなぎを開かずに鮎の塩焼きのように串に刺して焼いていたため蒲の穂に似て見えたのである。その後開いて焼く調理法がスタンダードになって見た目に蒲の穂らしさが消えたが、名称だけが残ったと言われていて、この第三説がもっとも有力らしい。語源マニアとしては見過ごせない記述である。
うなぎにはもうひとつエピソードがある。今でこそ江戸前と言えば寿司であり、次に出てくるのは天ぷらだろうか。ところが江戸前を標榜したのはうなぎが最初であった。うなぎにもランクがあって、江戸周辺の河川で捕れるうなぎが最高級品と言われたのである。ぼくはこういううんちくが大好きだ。
そんなふうにして様々な食材や料理がうんちく満載でしかも詳細に調べ尽くしてあるのだから面白くないわけがない。一度通して読んだが時折読み返すのも楽しいだろう。
「食道楽」は江戸の気風が未だ残る明治に書かれた本である。一応小説の体をとっているが物語のほうはお粗末なもので、基本的に料理の紹介と作り方の本である。
作者は西洋の知識がどんどん入ってくる中で、日本人の食生活感の乏しさを嘆く。調理道具の高価さに及び腰の友人にこう諭すシーンがある。キミは自分だけが楽しむ趣味のものならいくらでも惜しまないのに、家族の健康に関わることの出費を惜しむなどまったく理解に苦しむ、と。はい、この言葉そのまま現代人に贈ります。
さて明治時代はまだまだ脚気に苦しむひとが多かった時代である。鈴木梅太郎がオリザニンを発見し脚気の原因をつきとめるのが明治四十三年である。脚気はいわゆるビタミン欠乏症であり、オリザニンはのちにビタミンB1と呼ばれるようになる。日本人は白米ばかりを食べていたので脚気で死亡するひとが多かった。
小説中の登場人物もやはり脚気に悩まされていて、とくに冬その症状がひどくなるから冬は玄米を食べるのだと言っている。原因を知らずともその対処方法は知っていたという件である。ご先祖様の経験知は侮れないほど深いが、やはり原因がわからないと実践するひとも少なかったのだろう。わざわざこうして警鐘を兼ねて本に書くくらいであるから日本人の食事にいかにビタミンが足りていないかを象徴している。
鶏肉についての話題がある。鶏肉というのは硬くてもだめ、柔らかすぎてもだめである。また火を通しすぎると料理を台無しにする。ところが最近はブロイラーなどというただ柔らかいだけの旨みのない鶏が増えてきて困るという注釈がついていて、なるほど昔のひとのほうが美味い鶏肉を食っていたのである。
五味の調和というのがある。そのまま引用すると、
「食物を喫することを知って、食物を味わうことを知らなければ、共に料理を断ずるに足らぬ。食物を味わうことを知って料理の法を知らなければ、共に生理のことを断ずるに足らぬ。人がこの世に生存するのは、毎日の食物を摂するためである。食物は生存の大本であるが、世人が深く注意しないのは怪しむべきことだ」
といって中国に伝わる五味の調和を紹介する。それはつまり、甘い、しょっぱい、辛い、酸っぱい、苦いである。日本の料理は単調で二味か三味になりやすいが、五味合わさってこそ味わい深く、健康にもよいと言っている。
子どもが苦いものに慣れてきたらぼくも五味の調和を実践していこうではないか。
この本は現在読んでる最中であるが、明治期ということで現代の料理と近いものが多く大変参考になる。べつに再現料理をしようというんじゃなくて、今の料理にエッセンスとしてこれらの知識が加わればより美味い料理ができるのではないかとその程度であるが。
とくに理由もなくたまたま実家にあった本を持ってきたらそれが料理を題材にした本であった。たまさかであるが、続けて読むと日本における料理の奥深さやその成り立ちが垣間見えて大変心持ちよしである。