
「とうすけさん 笛をふいて!」
香山彬子 講談社 1979
チョウゲンボウとパンフルートが主役の児童文学は珍しい。そしてこの物語はとても物悲しい。
チョウゲンボウとは猛禽類の一種で鳩くらいの小型の隼の仲間である。その見た目はまさに小さな隼であるが、隼のように空中で捕食するようなことはなく、地上の獲物を捕らえて生きている。
パンフルートとは、長さの異なる竹の棒をいくつもつなげた楽器である。都心ではよく駅前で南米のひとが演奏しているのを見かけるが、あれによく似ている。しかしパンフルートは南米ではなくルーマニアの民族楽器の名称で、おそらく音階に使用する竹の本数などが違うのだろうと思う。
私の父は大のパンフルートマニアで、それが縁でルーマニア大使館と仲良くなりルーマニアへ招待旅行に行ったこともある。ぼくはその頃小学生で、ルーマニアへこそ連れて行ってもらえなかったが、大使館が催おするクリスマスパーティへは何度か行ったことがあり、まるで別世界なのを夢心地に体験した。チャウセスク政権時代の話で、国民にとっては辛い時代だったろうが、政府機関は豪勢なことをしていたのだろうと今振り返って思う。
我が家にこの本があるのももちろんパンフルート繋がりであることは間違いない。でなければなかなかに物悲しい物語を積極的に読もうとは思わないだろう。とくにそれが児童文学ならば。
これは、チョウゲンボウと会話をすることができるようになった少年の物語である。とくに少年の特殊能力というわけではなく、心が開かれた人間なら大人でもお話ができるという設定であるので、やはり何人かの大人もチョウゲンボウの言葉を理解する。
傷ついたチョウゲンボウを助けた少年だったが、野鳥を匿っていることを動物園に知られ、展示用にほしいといって取られてしまう。少年は檻を壊す道具を持参して動物園に向かうが、当のチョウゲンボウにやめるように説得される。なぜならもし自分を逃せば他のチョウゲンボウが捕まってしまうからである。そして自分は空を飛べないように羽を切られてしまったことを打ち明ける。
だからお願い、とうすけさん笛をふいて!ぼくはとうすけさんの笛の音が大好きなんだ。
それから毎日とうすけは檻の前でパンフルートを演奏する。かつて草原で吹いた楽しい曲もここでは笑顔に涙が同居する。季節は巡り雪が降る。足跡のない雪道を踏みしめて檻の前まで来たとうすけはチョウゲンボウの姿がないことに愕然とする。地面をみればチョウゲンボウは静かに横たわり、雪がうっすらと積もっていた。
小学中級からと書かれたこの児童文学は、死をもって幕を閉じる。死は再生への布石とも言えるが、悲しいものは悲しい。あまり明るい話ではなかったと記憶していたが、読み返してやはり物悲しい物語であった。そして人間の業の深さを知るのであった。