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お父さんの奪い合い

 

こんなこと生まれて初めてである。

 

ぼくはもともと友達はいないほうだし、女の子にだって取り合いになるほどモテたことはない。ところが今、家族の間でぼくの奪い合いが起こっているのだから驚かないわけがない。

 

 

 

話はこうである。それはたいてい夕飯時にやってくる。学校や保育園や仕事を終えた一同が集うのが夕食だ。それぞれがその日の出来事やその場の思いつきを話し出す。そしてそれがなぜかみんなぼくに向かって話すのである。だれかが話しているとだれかが割り込む。

 

 

 

「今おれが話していた!」

 

「お母さんお父さんと話していたでしょ!」

 

「私がはなしたーい!」

 

 

 

ぼくはファンに囲まれた有名人の気分を小さいスケールで体感している。それで今現在誰が最初に話していたかが始まって、お母さんの話途中だったとなって、妻が話出す。すると息子が途中で我慢できなくなっていう。

 

 

 

「お母さんの話が長すぎる!」

 

「うるさい、今人が話してるでしょ!」

 

「あーっ」今にも泣き出しそうな声をあげる息子。その間隙を縫ってちゃっかりぼくに話しかける娘。とたんに食卓はカオスになる。

 

 

 

「わかったわかった。今お母さんと話してたから次キミね」

 

仕方なくぼくが仲裁する。それで妻が話の続きを始めるがどうしたって話が長い。まだ7歳の息子はそのへんの諦めがつかないからじれったくて仕方がない。ようやく話題が一息ついて間髪入れずに息子の話が始まる。息子が終われば娘の番である。

 

 

 

そんなふうにしてぼくだけを話し相手に順番待ちの列はエンドレスに続く。みんなとにかく自分のことを話したくてたまらないのである。話したくてたまらないからひとの話を聞いているうちについ自分の意見を言ってしまう。たぶんみんなそれが潜在的に嫌なのである。その中でぼくだけがそうかそうかふんふんと相づちをうってなにも言わずに聞いてくれるから、みんなぼくにばかり話かけるのであろう。

 

 

 

ぼくはと言えば話したいことは特になく、できればひとり静寂に浸りたい派である。そんな寡黙なひとはとにかく話を聞いてほしいひとたちにとって恰好の話し相手なのだろう。空前のお父さん人気を目の当たりにしてそんなことを考えた。