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待ちきれなくて、夏

 

お父さん、冬眠中のクワガタ探しに行こうよ。

 

ああいいよ。

 

 

 

気温が27度に上がるというからいよいよ昆虫たちも動き始めるに違いない。昆虫たちは気温の積算温度で何度になると活発に活動を始めると物の本に書いてあった。ちなみに鳥は日照時間の積算時間が重要で、だから温暖化が進むと鳥たちよりも昆虫のほうが先に活動を始めてしまうから害虫問題が増えるだろうと言っている。なるほど鳥を観察していると彼らの虫を食べる量は誠に凄まじい。地中や木の中にいる芋虫だの幼虫を発見する能力は驚嘆に値する。こないだムクドリが地面に鋭く嘴を突っ込んでいたら巨大な芋虫を掘り当てていた。それをあっという間に丸呑みである。春は子育ての季節であり鳥たちにとって昆虫類の幼虫捕獲は欠かせないものである。それが時期がずれて先に成虫になってしまうとしたらその影響は計り知れないだろう。

 

 

 

ぼくらが森を歩くときは嗅覚が頼りである。カシスのジャムのような甘い香りにシナモンのスパイシーさが加わって、そこへ甘酒のエッセンスを足したようなこの世のものとは思えない芳香を求めてぼくらは森の中を彷徨する。ああ、あったあった。コナラやクヌギの幹が黒く濡れている。樹皮の間からジクジクプクプクと泡を拭きながら樹液が溢れていた。

 

 

 

いい匂いだなあ。

 

いい匂いだなあ。

 

 

 

ぼくと息子は木の周りで深呼吸を繰り返す。樹液が吹き出す口には無数のコバエだかなんだかが群がっている。まだお目当てのクワガタやカブトムシはいない。早くてもあと一月は出てこないんじゃないかな。カナブンの一匹だっていやしない。そんなことはわかっていたけれどもとにかく夏が待ちきれない息子のためにぼくらは木々を丹念にみてまわった。

 

 

 

夏になったらわっひょーい間違いなしの木を訪れる。ここは以前息子が冬眠中のコクワを発見した木であり大のお気に入りの場所である。そのクヌギに近づいてすぐ、不穏な気配を感じた。オオスズメバチである。それもかなり特大である。美味い木にはオオスズメバチ、これ基本である。息子は近寄れない木を恨めしそうに眺めていたが、ぼくは潔く撤退を指示した。また来ればいいさ。オオスズメバチが来ているってことは有力な木ってことなんだから。

 

 

 

息子は未練たらたらで、あとでもう一度寄りたいというので小一時間ほどして戻ったらなんとオオスズメバチが二匹に増えていた。今日はそういう日なんだよ。また別の日に来ようぜ。

 

 

 

体長十センチほどもある大きなムカデを見つけて遠巻きに眺めた。アオダイショウがしゅるしゅると眼の前を駆け抜けていった。枯れ葉の上をバタバタと足音を立てながらカナヘビが逃げていった。ナナホシテントウがアザミの類に集まってしきりにアブラムシを捕食していた。メマトイがやかましく目や耳につきまとっていた。春型のアゲハがものすごいスピードで飛んでいた。春だねえ。春が来たんだねえ。