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父の昔話を聞きたがる子どもたちと語りたくない父の話

 

最近子供たちがぼくにせがむのである。お父さんの子供の頃の話をしろと。それで子供の頃いった昆虫採集の話や野鳥の話をしてやったらやたらに喜ぶのである。粗方ネタを披露してしまうと話すことがなくなった。それでも子どもたちは毎晩夕食時になるとぼくに昔話をしろと催促する。ときにはお風呂に入っているときに催促する。なんでそんなに聞きたいのと聞けば、お父さんの話は聞いているとわくわくすると言う。物語があって面白いのだそうだ。

 

 

 

こちとら口下手で無口の部類に入ると思っているからなにがそんなに面白いのかさっぱりわからない。もう話すことなくなっちゃったよと言ってもなんでもいいから話せと要求を諦めない。虫とか鳥の話じゃなくてもいいから早く話せとしつこい。

 

 

 

ぼくは自分の子供の頃が好きでない。あまり良い子供時代を過ごしていないからできれば抹消したいくらいだが消し去ることはできないからせめてひとに話さないことで拡散と記憶が蘇るのを防いできた。それがこんな形で記憶の深層から表層に暴露することになるとは思わなかった。ひとに話せそうなわずかばかりのことをしゃべっていると芋づる式に思い出したくないことまで頭を駆け巡るようになる。子どもたちはそんなことはつゆ知らずだからほとんど毎晩お父さんの昔話をなんか話してと聞いてくる。ああ困ったなあ。

 

 

 

なんでお父さんなの、お母さんに聞けばいいじゃんと言ってもあくまでも矛先はぼくなのだそうだ。普段聞き役に徹していて秘密のベールに包まれているものを解き明かしたいそんな感じだろうか。困ったなあ。もうこちらの弾薬は尽きている。残っているものといえば食事時にふさわしくない話がいくつか転がっているだけだ。それはちょっと出せないなあ。なんで急にぼくの昔話を語ることになったんだろうなあ。

 

 

 

そんなことよりキミの学校はどうなの。えーつまんない。キミの保育園はどうなの。えー行きたくない。ねえ明日早迎えしてくれる?早お迎えして!えー明日かあ。そんなふうにして話題を逸らそうとおもったら、記憶力のよい娘がぼくのお膝の上で叫ぶ。お父さんの子供の話して!ちぇ。だめだったか。大体チミは毎日お父さんのお膝の上でご飯を食べていて、それでいてお父さんに対してリスペクトが足らん。たいへんケシカラン。たまにはチミの前世の話でもしてごらんなさい。ほらまだ覚えているだろう。お父さんはね前世龍神さまだったの。え、お父さん龍神なの?うん前世がね。すげー…いいなあ。息子のリスペクトを勝ち取るのは簡単である。

こうして話題のすり替えに成功したが、明日尋問が繰り返されるのは明白迷惑大困惑…。